VOL.01 明治神宮編

「庭の写真撮るから文章書かない?」。あるとき管野さんが言った。

ぼくの庭好きをくんでくれたのであろうナイスな提案だっただけに即OK。同時に管野さんが庭を撮るということにもアッサリうなずけた。なぜなら、彼は自然への理解と人やモノへの興味が心地良くバランスした写 真家であり、庭もまた自然と人とのコラボレーションの結果なのだから。
連載の第1回目は明治神宮。3つの理由からここを選んだ。まず渋谷と原宿という超人工的な砂漠に囲まれつつ一大オアシスを形成しているあの存在感をリスぺクトして。次に、そんな場所の住所が渋谷区神園町、つまり神の園(=庭)であることにあやかって。そして、こんなことを祈願できる所だったから。
「どうか、このシリーズが人の心や木々共々豊かに育ちますように」と。
 
 

庭は自然を想う心のあらわれ。住む人の気持ちしだいでちょっとしたベランダでさえも緑に包まれてしまう。 そこに、ボクはとても愛らしいものを感じる。 さらに、これが多くの人に向けて開放された庭園の類になると、エンターテイメントな楽しみが加わる。 小道のつけ方、石や池の配置、木々の刈り込み方…。 作庭家と庭師のワザが織り成す様々な演出に酔う、ハマる、という楽しみだ。もっとも、どんなにワザありの庭も新しいうちはどこか白々しい。花も、木も、石も、借り物のように落 ち着かなげに見える。 日々風雨にさらされ、細やかな手入れもされて初めて、その土地へと根づいてゆく。 50年、100年とたつうちに人工と自然のエクスタシーなぐらいの溶け合いへと昇華されていく。
つまり、継続していくことが美を高めてゆく世界。 それは今の日本にいちばん欠けている思想でもあり、そのことに気づくと庭へのいとおしさはさらに 高まっていく。
 


CANNOからの一言
前々から今津氏とは一度仕事意外に何かやりたかったんですよ。で、今回良い機会だから、以前から日本の庭園について考察されているのを知っていたのでお願いしました。私にとっての庭園を探って行きたいし、今津氏にとっての庭園そして、日本人にとっての庭園とは・・・  さて・・・さて、いかが相成りますか?