#2 ローマのタクシーおやじ観


▲(左上)チュニジアの切手:チュニジアにいる友と旅のやりとりをしている時の手紙より。まだe-mailを使っていなかったので、ファクスとエアメールと電話で情報交換。それも楽しいやりとりだったな。今思えば......。(右) 朝散歩してみかけた古い教会の一部。改修するらしくまわりに足場が組まれていた。(左下)テルミニ広場の近く。朝早いのでまだあまり人がでていない。でも観光バスはそろそろ動きだすところ。 日本のツアーの人々は、バスを中心に動くので、大勢いたかと思えば、あっというまにどこかに移動してしまう。 大変そうでした。


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 数年前のことになるが、
 
当時チュニジアにいた友人のところに遊びに行こうと、一人日本を出発した。



 チュニジアにいくためには、フランス経由、スペイン経由、ロンドン経由などいくつかの方法があり、私は一番近いと思った、イタリア、ローマで便を乗り換えて行くことにしたが、飛行機の時間の都合でどうしてもローマに1泊しなければチュニジアまでたどり着けない。「まあいいか、ローマの階段で一人ローマの休日ごっこでもしよう」と内心盛り上がり、手配した。しかし、出発が近づくにつれ、周りの人々が親切心から教えてくれる「ローマでこんな目にあった」話が頭にすっかりこびりついた。イタリアは私も初めての国。もちろんイタリア語もわからない。そして耳にするのは、...を盗まれた、道で襲われた、部屋に侵入された、そして行方不明になった! など危険な話ばかり。皆の共通 意見としては(何を根拠にしているかはわからないが)、とにかく命を失うことはないから大丈夫、ということだった。案の定私は日に日に緊張と不安を募らせてしまった。しかも、今回の旅の目的は、チュニジアを友人と旅することなのに、その前のたかが一泊のローマのことでこんなに疲れるなんて...。



 さて当日。



 アリタリア航空機の中で、異常に舌の巻きっぷりの良いイタリア語を聞きながら、早口ぐあいだったら負けないぞ、とばかりに、ガイドブックを手に一生懸命イタリア語を覚えてみた。
 今回、到着が夜の10:30と遅いせいもあり、とっくにローカルのバスは終了。「空港から電車が開通 し便利」とガイドブックには書いてあるが、いくらなんでも一人夜11:00すぎの電車に乗るのもちょっと気が引ける。なんといっても臆病風邪にふかれていたし。で、タクシーに乗ることにしてみた。機内預けの荷物がなかった私は、通 関もあっという間、気が付いたらスタスタと暗い外まで出てしまった。その勢いで、よしよし日本人のカモが来たぞと、欲心満タンの白タクのおやじ達に気付かれることもなく、無事正規のタクシー乗り場と思われる場所にたどり着いた。

 さてようやくイタリア語の出番だ。「よおし!」と、覚えたてのイタリア語を、と口を開きかけたとたん、一人の太った濃い顔の運転手らしきおじさんがにこりともせず、「ボンジョルノ」と低い声で話しかけてきた。
出鼻をくじかれた私はすっかりイタリア語を忘れ、ついしどろもどろ英語で答えてしまった。念のためホテルの名前と、駅という意味のスタシオーネという言葉だけはイタリア語風に発音してみた。つまり、うさんくさいモノマネのような英語とイタリア語もどきがごちゃまぜ。それでも表情を変えないそのおじさんは、イタリア語で、知ってるから乗りな、と言ったように感じたので、荷物をひざに抱えながら後ろの座席に乗った。



 御存知のようにイタリアのお金は、日本とケタが違う。
 0の数が異常に多いので、街が近づくにつれメーターもすぐウン何万になってしまう。




 イタリアでは余りお金を使うつもりのない私は、手持ちで足りるかなぁと心配になり、おじさんに、今度は英語で「いくらぐらいかかるか教えてくれ」と聞いてみた。おじさんは、妙に焦った口ぶりで(気のせいか)イタリア語でなにか数字を口にしたみたいだったが、さっぱりわからない。そうしたら、私の目の前にかかっていた説明書を指して、ここに値段が書いてあるからそれを見ろ、というようなことを言っているので、よーく見てみたら、そこには料金の目安が書いてあった。街まで6万5千リラ。感覚的に高いなぁと口にしたら、怒ったような言葉を再び私にぶつけたのち、ぷっつり押し黙ってしまった。

私は、そういうときにとても怖くなる。

雨も降りだし、夜11時すぎの暗い街を走る車内。私は言葉も通じない知らないおじさんの気分を害してしまった。ふと隣を見ると、仲のよさそうな老夫婦が車に乗っている。あっちの方がいいなぁ、と思いながら、気を取り直して、周りの景色を見ることにした。そうしたら、あるある。ローマ時代の遺跡が普通 に街の中にドーンと立っていたり、角にでかいコロッセウムがライトアップされていたり。教会なんかもゴシック洋式のゴージャスなものだ。まるで絵はがきそのものの歴史的建造物が、私の視界にドーンと入ってきたのである。それ も、そういうものが、普通のビルや店や、公園の間に無造作に建っているのだ。少し得した気分になり、目立つ建物を見つけた私は、地図をとりだし、今走っている場所を確かめてみた(地図をみる感覚は割とあると思う)。おじさんは相変わらずおし黙ったまま運転を続けている。大体の場所をつかめた私は、おじさんがわざと反対の方に曲がってものすごーく遠回りしている!とか、心の中で「このアマどうしてくれようか...」などと考えているのでは?、とひとり空想して時間をつぶした。とはいえ無事ホテルに着き、料金は6万8千リラ。値段表より少し高いけど、まあいいか、無事着いたんだし、時差ぼけでねむいし、言葉も通 じないし、と、タクシーを降りた。



 でも思えばこのくらいの値段の違いはカワイイものだったのだ。



次の日は、9:30には空港にいなければいけない。早朝街を数ブロック散歩したあと、タクシーを予約した。今日はどんなタクシーの人かな。そんな楽しみと不安が混ざっていた私の前に現れたのは、アラン・ドロン風のわりとかっこいいおじさん、ジャンニさんだった。彼は、ほんのカタコト英語を話し、日本人の友達の写 真まで見せてくれた。昨日とうってかわって、明るい街の中、ジャンニさんはイタリア語と英語の単語で、街を案内してくれる。私が英語で質問するとイタリア語でペラペラと答えてくれ、私もなんとなく理解し、また英語で相づちをうったり、にぎやかな車内だった。ジャンニさんはナポリの人で、ナポリは治安が悪いし、いい仕事も少ないから、ローマにやってきたそうで、ローマはいい街だよ、としきりにいっていた。私が昨日東京から着いて、今日はこれからチュニジアに行くんだ、といったら、帰ってくるときに迎えに来てあげようか、と言ってくれた。もちろん、営業のひとつだけれど、なんか、嬉しい気分になってしまう。なんだか見知らぬ 国で誰かが迎えてくれる、なんていうのは妙に心にぐっとくる誘いに聞こえたりするのだ。こうやって恋に落ちたりするのかしらと、心の片隅で思ったり。ジャンニさんは私が乗るときも降りるときもさっと降りてドアを開けてくれ、ニッコリと笑顔。きっとこういうのに弱いんだね、女性は。なんて思いながらの楽しい行程だった。料金は7万リラ。あれ、昨日より高くなってる。ケレド、ジャンニさんの甘いほほ笑みに納得。

さて実際の旅としてはここからは舞台はチュニジアになるのですが、その話しは後日にお伝えすることにして、とにかくローマのタクシーおやじについてお話します。チュニジアでの8日間を完全なる保護と、優しさに包まれて多少ボーッとしていた私は、再びローマ、レオナルド・ダ・ビンチ国際空港に戻ってきた。夕方の5時くらい。まだまだ明るい。



 飛行機の中で、今度は電車に乗ってみよう、と漠然と思っていた私は、
 またもやスタスタと税関を通り抜け、TRAINと表示してある方角に向かった。




先日の正規タクシー乗り場のちょうど反対側である。ちょうど空港エリアの出口のところに、白シャツに、胸に名札をぶら下げた職員が、「どちらに行くんですか?」と英語で訪ねてきた。私は、電車に乗ります。と答えたところ、その人は、左の方を指さし、「券売機はあそこ」と親切に教えてくれた。たどり着いた券売機の前で、どうやって買うのかなぁと一人小銭を出しながら説明書と路線図を見つめていたら、またもやその人がそばに寄ってきて、「どこまで行くの?」と訪ねてきた。見るとその人は片足を軽くひきずっている。「体が少し不自由だから、案内係をしているんだ」などと勝手に解釈した私は、「テルミニ駅まで」と答えた。彼は、「今ちょうどテルミニ駅に行く途中で工事をしているから、途中で乗り換えるか、途中で降りてそこからタクシーの方がいいですよ」と私に教えてくれた。そうか、そうしたらどうやって回るのが一番いいのだろう、と路線図を見ながら考えていたら、彼は、路線図を指さし、「この線でこの駅までいってタクシーに乗るといいけれど、タクシーはなかなか捕まらないかもしれないから、あ、そうしたら僕がここからテルミニ駅の近くを巡回しているホテルタクシーを紹介してあげるよ。安いし料金は一律だから」と提言してくれた。普段の私だったらここで頭の中の警鐘が鳴り響いていたはずなの だ。

でも、その時の私は、善良の国チュニジアという、いわば素朴な田舎から、都会に上京したばかりで、人間は皆いい人だなぁ状態だった。「そうかそうしてもらおうかなぁ」と後をついていき、その人がタクシーの配車係のような人に話しかけ、この人をテルミニ駅まで、なんていっているのをぼっーと聞いていたのだ。ハタと現実的な気持ちになったのは、私の荷物(リュック)をトランクに入れられてしまったときだった。一人の場合、海外ではタクシーのトランクなんて使ったことない。だってシートはたくさん空いているし、第一私の荷物なんてほんの少しだけなんだから。そこで私も、なんかヘンだなぁ、と感じ始めた。でも事の流れというものはなかなか変えられないもので、導かれるままに助手席に乗った私は、運転席に、例の足が不自由な彼が乗ったのを見てはっきりと「しまった!」と自覚し絶望的になってしまった。あーあ、これがきっと白タクなのだ。だって彼は空港の係員みたいにふるまっていたはずなのに、タクシーの運転手であるわけがないんだもの。そう言えばローマのガイドブックに書いてあったような気がする.....。あぁでももう遅い。

見るとその彼は、ミスタービーンがへんな顔をしているときをさらにもっと崩したような、お世辞にもいいとはいえない顔をしていた。イタリア人でも本当に格好悪い人っているんだ。

ドアがカチンとロックされ、エンジンをかけながら、私の方に向き直りそのビーンは言った。


 「料金は15万リラだから。それは一定だしそれ以上はとらないから、安心して」
  15万リラ?! 安心?! あーあ。