#4 はじめてづくしの旅
 - バンフでスノーボード -





▲トップオブザワールド!です。といっても標高2499M。 レイクルイーズのてっぺんで!

▲大地が斜めに重なってできた様子。中程にある白いタテ線は、実は、滝なのですが、 もちろん凍っていました。

▲完全防備の私。男か女か、いえその前に大人か子供かもわからなかったに違いない。

▲サンシャインビレッジのマップ表紙。なかなか天候に恵まれず、このような空にはで あえなかったけど。それにしてもウエアが古い。

▲お世話になった、ビール会社に敬意を表して。発音は「コッカニー」
旅にでると、がぜん健康になる。どんなに出発前がハードスケジュールで寝不足であ 
っても体調が悪くてもひとたび旅先に到着してしまえば、なんのことはない。元気、 
元気で毎日歩き回る。なぜだろう。普段より食欲もさらに旺盛になり、もちろんお酒 
もたくさん飲む。それに何か食べ物にあたったり、水でおなかこわしたり、といった 
経験もほぼ皆無である。そんな状態だから、旅から帰ると太るというのはうっすらと 
気がついていたが、さすがに一度、結構ハードなロケで3週間もオーストラリアを旅 
し、かつそのうち最後の1週間は、ランクルに乗って延々とサバンナ地帯を移動とい 
う埃まみれ、自然満載の旅から帰ってきて、友達が一瞬私だと気がつかないくらい見 
事にまるまると太っていた事実には、自分でもうんざりした。このように笑ってしま 
うくらい健康だと、出かける直前にちょっとぐらい体調をくずしても、薬を飲んで、 
飛行機に乗ってしまえば、もう大丈夫、って気になってしまう。
今回の旅も、インフルエンザが治りきらない状態での出発だったから、少し心配では 
あったけれど、飛行機にのって、いつものように離陸から飲み物のサービスまでちょ 
っと寝たら、すっかり元気になった。行き先は、カナダのバンフ。この時期のバンフ 
〔2月です)は平均気温がマイナス10度からマイナス15度という極寒らしい。マイナ 
ス10度くらいまでしか経験のない私にとって、初体験の寒さだ。バンフは、1988年 
の冬期オリンピックの舞台となったカルガリーからさらに北西に140キロのところに 
ある。今回の旅は、海外初スノーボードおよび、初カナダ上陸だ。いくつになっても 
「生まれて初めて」の経験っていうのはドキドキする。それも出発予定7日前に、 
「初」旅行代理店窓口体験を経て、やっと実現した旅なのだ。ひとり旅の場合、そん 
なに綿密に計画を立てない私は、もっと早くから予約すればよかったのに、いつもの 
くせでのんびりなまけてしまった。おまけに本気で手配をしなければならない時期に 
インフルエンザにかかったりして、結局休みの一週間前に、旅行代理店(HIS)にかけ 
こんだ。行き先も決めていなかった私は、カタログをみながら、いろいろな方面に期 
待をよせた。...北欧オーロラツァー、カリブ海での休日、インド洋満喫、CLUB 
MEDでいく東南アジア...などなど。HISでは、行く先ごとに担当がわかれている。ま 
ずは、東南アジアからと、椅子に座って、ちょっと恥ずかしいくらい担当の人が入れ 
替わること、4時間。東南アジア担当、北欧担当、北米担当、中南米担当、南太平洋 
担当、とほぼ世界をひとまわりし、渋い顔と相手しながらわかったことは、「人気の 
コースは1週間前だと飛行機の予約がもうとれない」という言葉だった。じゃ人気の 
コースでないのを教えてよって思いながらも、しぶとく質問し続けた私への回答は、 
「今年はオーロラのあたり年で(...なんじゃそれ?)」とか、「大学生の卒業旅行 
と重なって、価格が手ごろな場所はもうとれない(...なんで大学卒業したからって 
海外にいくの?)」とか。可能性として残ったのは、カリブ海3泊5日(伊豆にいく 
んじゃないんだから)っていうハードなものと、豪華なモーリシャス8日間、1人様 
費用45万円(それゃ豪華でしょ)という、いくらなんでも「はいそれにします」、 
と即答できないものだった。そこで私は何かひらめくようなアイディアはないか、と 
一度、外の空気を吸いに出た。
そうしてピカリッとひらめきとともに出てきたのは、「カナダでスノーボード」だっ 
た(おおげさ?)。一人旅で一人で町を歩くのも、スキー場でひとりで滑るのも一緒 
だし、どうせ今年はスノーボードにあまり行けそうにもないから、そうしよう、そう 
しよう!と気分を盛り上げて、もう一度カウンターに向かった。どんな渋い顔をされ 
てももう私の心は決まったもんね。カナダだったら滑るところもいっぱいあるから大 
丈夫なはず!、と、さきほどの北米担当の女性と再び話しあい、バンフなら、飛行機 
はとれるけれど、ホテルの確約がでるのは、あと3日まってください、というところ 
まで詰め、予約金も払い、全5時間半のバトルは終了した。
あと3日まって、ホテルがとれなかったら、もう海外はきっぱりやめて、屋久島にで 
もいってみるか、と心をおちつかせて過ごした。そして、出発予定5日前。ようやく 
ホテルもとれ、無事出発が決定した。
さてそこからが大変。それまでは下手に旅の準備をすると、いけなくなってしまうよ 
うな気がして、わざとなにも用意していなかったし、スノーボードを持参するので、 
これまでの海外旅行のなかで一番荷物が多い。友人にスノーボードケースを借り、エ 
ベレスト冬期登山隊も愛用しているというスポーツ用の厚手のインナーウェアも多め 
に調達し、荷造りを2日かけてしあげた。
その間にカナダに住んでいる友人と話しをし、この時期のバンフに行くことがどんな 
に過酷なことかを説明され(寒さが厳しいからね)、そして、インフルエンザあがり 
の私はもしかしてよけいひどくなって寝込むかも、と心配もされた。まぁ、そうなっ 
たらそれでもいいやとばかり押し進めてきたのだ。

さて、出発の日。今回はあくまでもスノーボードがメインの旅だから、結構荷物は厳 
選した。スノーボード関係以外の服は、きっと着たきり雀。いいのかしら。女性とし 
て、おしゃれとか、ナイトライフの楽しさとか、出会いの期待とかはまったく度外視 
してるってことだよ。まるでスノーボード合宿みたい。友達に、一人でスノーボード 
に行くのが変わっていると言われたお返しに、「かっこいいカナダ人の男を連れて帰 
るからね!」といきまいてきたのだけど。ま、いっか。
連れて帰ることは出来なかったけれど、そういえばいきなり「いい男」と一緒になっ 
た。成田からバンクーバーまでのカナディアン航空でとなりになった若者は、ハンサ 
ムなカナダ人。アルバータのエドモントンに帰るところだった。エドモントンと言わ 
れてもピンとこない私が地図を出してさらに尋ねると、私が向かうバンフよりさらに 
北東の方角であった。彼は嫁いだ姉を訪ね、北海道で一ヵ月を過ごし、それも富良 
野、紋別、陸別、旭川など、私も行ったことのない土地で武道を学んでいたらしい。 
厳寒の2月の北海道!と思い、気候のことなどを聞いてみたら、彼の家のあるエドモ 
ントンに比べれば、ちっとも寒くなかった、ということだった。夏のバイトでバンフ 
にも行ったことがあるということで、私にバンフの街の説明をしてくれた。とても素 
直ないい男の子でした。推定年齢、19才。ふーむ。バンフのおすすめは、キャンディ 
ショップだって。
カナディアン航空のスッチーはみんな大きい。そしてにこりともしない。どちらかと 
いうと男性のアテンダントの方がにこにこしていて、優しいまなざしだった。となり 
の男の子に「カナダの女性はみんなあんな感じ?」ってきいたら、ちょっと苦笑ぎ 
み。ちょうどその話しをしているときに、私のひじに、スッチーの大きなお尻がぶつ 
かった。聞こえていたのかしら?
バンクーバーの空港について、日本から乗っていたにぎやかな若者たちのスノーボー 
ダーやスキーヤーたちは皆降りてしまった。ここバンクーバーからバスで行ける山 
は、プロスノーボーダーもよく滑っている日本人に超人気の場所だ。滑る人の年齢層 
も以上に低い。バンクーバーに予約しなくてよかった、とほんの少しだけ思い、国内 
線のゲートに向かった。国内線の乗り換えのゲートに行くと、日本人はだれもいな 
い。さっきから考えていたのだけど、どうもこのツアー(「バンフスノーボード満喫 
6日間、リフト券付」というパッケージされているツアーだった)、私ひとりだけが 
参加者らしい。そんなパッケージツアーってあるのかしら。だって成田でも集合場所 
にいったら、ご自分でチェックインしてください、と言われ、自分で荷物をもってカ 
ウンターに行き、チェックインし、まったくいつもの旅と一緒じゃん、って思ってい 
たし、かっこ悪いツアーのバッジをつける必要もないらしいし。それでもバンクーバ 
ーまでの飛行機に乗っている大勢のうるさい日本人たちのなかに他の参加者もいると 
思っていた。でも、同じ国内線に私しか日本人がいない、ってことは、やっぱり私ひ 
とりのためのツアーなのだ! すごい! 私ひとりのために空港までの送迎つきなの 
かしら!? 超豪華!
結局、国内線でカルガリーに行くのは、黒人の家族1組と、中国系の人々5、6人。 
あとは白人の人達。約50人乗りの飛行機に乗り込んで、またもサンドイッチなどを食 
べ、1時間半のフライトはあっというま。外を眺めると、ひろーい平原にぽつ、ぽつ 
と思いついたように、家が建っている。庭にプールなども見える(凍っていたが)。 
そして遠くのほうに見える長い山なみ。あれがきっとカナディアンロッキーだろう。 
そうしているうちに着いたカルガリーの空港はこじんまりした小さな空港でした。あ 
んなに広い大地に到着するのだから、操縦士の人もらくちんだろう。だって万が一不 
時着するとしても、どこでも着陸できそうな場所(建物がなんにもないんだもの)だ 
ったから。
空港につくと、現地のガイドの人がやってきた。日本人の男性でした。思わず、私ひ 
とりですか?ってきいたら、あとの便であと二人やってきます、とのこと。それも不 
思議だったけど、とにかく小一時間を空港内でつぶし、ふたたびガイドのツアーデス 
クに戻ると、あとの二人、日本人のカップルがいました。とても感じのよい二人で、 
バンフに向かう車のなかで、私がひとりで、しかもスノーボードをしにやってきたと 
知って、後ろに座っている私の方にくるりと向いて、「よっぽど好きなんですね」と 
かなり驚いていた。私にしてみれば、よっぽど好き、というか、物事の成り行きでそ 
うなったので、ちょっと不思議な気分でした。まぁ、ものずき、と言う言葉ならあっ 
てるかもしれない。
ガイドさんにカルガリーからバンフまで140キロと聞いた時はあまり謔ュわからなか 
ったが、それは、東京から静岡くらいらしい。その間、信号がひとつもなかった。つ 
まり東京ー静岡間の国道に信号の必要がない、っていう環境なのである。なんにもな 
い(凍った牧場らしいが)平地をひたすらまっすぐな道が、ロッキー山脈に向かって 
いる。それを走り続けるのだ。きゃーかっこいい。ロッキー山脈に向かって走れ!っ 
て。カルガリーの町自体も、15分くらいで通り抜けられるこじんまりしたものだが、 
オリンピックスタジアム、選手村、ジャンプ台、そして映画「クールラニング」で有 
名な、くねくねしたリュージュコースなどが見えたりして、ある意味ではちょっとだ 
けにぎやかだった。それを過ぎるとあとは、どこもかしこも凍ったまっ平らな大地。 
1時間ほどたって、ずーっと遠くに見えていた山にようやく近づいてきた。カナディ 
アンロッキーの始まりだ。目の前にカスケイド山。カスケイドというのは、小さな水 
の流れ、という意味らしく、ぎざぎざした陵線をもつカスケイド山からは、たくさん 
の滝が流れ落ちているらしい(とにかく全てのものが凍っていたから、何もかも推 
測。ちなみに道路脇を流れているらしい川も凍っていた)。バンフに近づくあたり 
は、ネイテイブの人々の居住地で、政府から保護されているエリアだ。ネイテイブの 
人達は自分たちが食するものぐらいは狩りをしてもいいし、もちろん畑を耕してもい 
い。でも政府から生活費をもらっているので、だんだんと働かない人々が増え、今は 
アル中が問題になっている。まぁ気持ちはわかるけどね。だって何もしなくてもお金 
くれるんだもの。途中の標識をみてみると、そのあたりの地名は英語とフランス語 
と、そしてネイテイブの言葉が入り交じっていた。バンフの町の入り口には、国立公 
園の標識も重なっている。町自体が、バンフ国立公園の中なので、人々は自然をその 
ままにしておかなければならない。つまりゴミは捨てない、野性の動物に餌をあげな 
い、石や木の葉などをひとつでももち帰ってはいけないのだ。それは、住んでいる 
人、訪れた人、皆に適用される。
ホテルで荷物をほどきすぐさま街に繰り出す。繰り出すっていっても、バンフの中心 
地は、端から端まで車で5分と、小さな街なみでした。雄大なる山脈と、そして広い 
空とは全く対象的なこの町のメインストリートには、かわいいショップやレストラ 
ン、そしてプティホテルが並んでいて、いかにも観光地らしいたたずまい。ただし、 
ほかの観光地と唯一違う点とは.......なにもかもが凍っていること。湖も道も滝も 
店の窓も人々の顔も車のガスも。なにもかも。だから、きっと違う季節に来たとした 
ら、絶叫するくらい可愛いメルヘンチックな街並みも、なんかどこもかしこも雪と雪 
が溶けてできた泥たまりみたいな色になっていた。最初の印象は可愛いというより、 
薄汚ない、ってところだった。歩いている人々は、文字どおり、老若男女。何十年も 
前にはやった懐かしいスキーウェアをきたまま、うろうろしている。かくいう私もあ 
まりの寒さで、着飾ってなんていられない。ダウンジャケットのジッパーを首までき 
っちりとめ、ニットキャップを目深にかぶり、そのうえからフードもしっかりかぶ 
り、まるで、おだんごの宇宙人。視界がせまいので、道路を渡るときなど、ぐるりと 
体を半回転しなければいけない。宇宙人というよりかできそこないのロボットみた 
い。
人によっては、なぜ、そんな寒いところにわざわざでかけるの?って思うかもしれな 
い。たしかに、スキーやスノーボードは、わざわざ何枚も着込み、寒いところに重い 
荷物をもってでかける。それはゴルフとも違うし、マリン系のスポーツともちょっと 
違うような気がする。東京から滑りに出かけるときも、朝5時起きして、6時半くら 
いの新幹線に乗り、朝から夕方まで滑って、そして日帰りで帰ってくる。毎回、朝は 
最悪に憂鬱な気分だし、血圧も上がらぬうちに、ボードをもって出かけている自分 
に、「なぜ、そこまで?」と問いかけてしまう。それでも半ば自動的に組み込まれて 
いるかのように出かける。でも、そんな辛さや眠さや寒さも、スキー場について、ひ 
とたびスノーボードをはいてしまったらすっかり消えてなくなってしまうのだ。あま 
りの楽しさに、そして気持ちよさに、寝不足などもおかまいなしになる。それはどん 
なスポーツにも言えることかもしれないけれど、寒さに備えるため一枚また一枚と着 
込んでいくたびに、そして帽子をかぶり、ジッパーをきちんと止めたりするそのひと 
つひとつの動作で、なにか心に厳粛な気持ちが沸いてくるのだ。そして風をきって滑 
ることで、自分の心の中のもやもやしたものまでがきれいにふきとばされてしまうの 
だ。
さて、スノーボード第一日目。朝早くに目が冷めた私は、軽くバナナなどを食べてか 
ら、ホテルの外に出てみた。夜に比べればいくぶん寒さは和らいだような気がする 
が、今日はスノーボードウエアなので、昨日のダウンジャケットより寒さがこたえ 
る。朝シャワーを浴びて、少し湿った髪ででたせいか、髪の毛がピンと凍るのがわか 
る。今日は、まず、サンシャインビレッジというスキー場にでかけようと決めてい 
た。この街は、町全体でスキー/スノーボード客を歓迎しているようで、どこのスキ 
ー場にいくのも、無料のシャトルバスが運行されている。それも、2、3軒おきにホ 
テルの前に止まってくれるので、せいぜい歩いても隣の隣のホテルまでいけば必ずバ 
スに乗れるのだ。日本のバスみたいに立ちの客まで乗せるのではなく、全員が座れ 
て、いっぱいになったら、どこからともなく次のバスがやってきて、乗れなかった客 
をきちんと乗せてくれる。どのようにしてこんなにスムーズに運営しているのか。運 
営しているスタッフは、だれもが、「サンフランシスコの空の下」に出てくるような 
さわやかな若者だった。
30分ほどでサンシャインビレッジに着いた。名前の語感から、ちょっとは暖かいか 
なぁとぼんやりと期待していたが、もちろん寒さは尋常ではない。もう1分でも早く 
ボードをはいて滑り出さないと、寒さにこごえてしまう!、そんな感じだ。ボードを 
つける手も凍って、動きが鈍くなっていた。今日は、普通日本で滑るよりも一枚余分 
にフリースジャケットおよび靴下を重ねている。でもそれでちょうどよかった。初日 
でもあるし、あまり無理してもいけないから、と考えた作戦はまずまず成功。
スキー場は、私がよく知っている日本のスキー場を5つ6つ合わせたぐらいの規模 
で、地図をみても、広すぎてさっぱり自分がどこにいるかわからない。とにかく目に 
ついたリフトに並んでみた。リフト乗り場では、グループの列と、シングルの列とが 
完全にわかれていた。私のようにひとりできた人は、シングルの列にならび、乗る位 
置をかっこよく指示するリフト係のおにいちゃんに「シングル、カモーン」って言わ 
れるまで待って、そして乗車する。グループで来た人々より、シングルの人の方が圧 
倒的に少ないので、あっというまに順番がくる。だから知らないグループの人々と一 
緒になるのだが、カナダの人はとっても人なつこいのか、隣り合せになった人々に普 
通に話しかける。にぎやかにおしゃべりしているグループだったので、人の話しを聞 
いていてはいけない、という気分で自分の世界に浸っていたのと、皆さんサングラス 
などをしているので、視線がどこを向いているのかがわからなかったのだ。はっと気 
がついたら一番左の端に座っていた私の顔を、右3人のスキーヤー全てがみつめてい 
た。答えを待っていたらしい。もう一度聞き直してみると、こぶこぶ斜面に対してス 
ノーボードは滑りやすいのか、どうか?という質問だった。おじさんたちは、長年ス 
キーを優雅に楽しんでいるようで、スノーボードをする気はまったくないのだが、で 
も好奇心はあるようで、いろいろと質問したがっていたようだ。日本でもスキーヤー 
の人と隣り合せになると、いろいろ聞かれることがある。そういうのって大歓迎だ。 
だって同じ雪山をわかちあうスポーツなんだもの、いがみあっても仕方ない。
さて、斜面の上にたち、どこを滑るかと検索してみる。あまりのゲレンデの広さに改 
めてびっくり。リフトは普通に混んでいるのに、斜面にはほんとうにまばらにしか滑 
っている人がいない。ふと気がつくと広大な斜面に私一人なんてこともあり、なんか 
遭難したんではないか、とつい、人の姿を追い求めたりしている。こんな感覚は日本 
では味わえない。いつもは人のいないところを求めて滑っていたのに、まったく逆な 
のだ。できるだけ人のいる方いる方へと滑っていく。帰属本能とでもいうのでしょう 
か? 広大な斜面は当然距離も長く、ひと滑りすると体もあたたまってくる。よかっ 
たよかったとまたリフトに乗って、終点につくまでの長ーい間に体はすっかり冷え 
(日本とちがい、フード付きのリフトなんてないから、とにかく寒い)、長いリフト 
の終点につく頃には、もう帰ろう、という気持ちになっている。そして、滑り出すと 
斜面のあまりの面白さに、またリフトに並んでしまう。リフトにのっては、また寒さ 
にふるえ....。その繰り返しだった。さすがにここまで寒いと、ビールを飲む気はし 
ないなぁと考えていたが、休憩に入ったカフェに、バンフ地ビールがきらきらっと並 
んでいるのを目にした私は、すぐに考えを改め、ビールとサンドウィッチを購入し 
た。よく冷えていておいしい。どこに行っても自分の生活のスタイルは変わらないん 
だ。
ふと考えてみると、ひとりでいるときの私の行動スタイルはいつもこう。東京にいて 
も海外にいても、歩いて、移動して、目的の行動をし、そして休憩のときにお酒を飲 
む。本を持っていって読みながらだったり、紙とペンを持っていって何か書きながら 
だったり。まわりにいる人の目の色が違うだけで、知らない人々に囲まれているって 
のも同じ。こうしてはるばるカナダまでスノーボードをしにやってきたというのに、 
やってることは、いつもと同じだったりして。
私にとっての旅というのは、現実とまったく違う世界に身をおくことの面白さという 
より、旅先でいかに自分がいつもと同じように楽しく過ごすか、ということなのかも 
しれない。旅先だから何か見なきゃ、どこかにでかけなきゃ、ということではなく、 
東京でも旅先でも同じように旅で感じるような楽しさ、新しい発見を見つけられるよ 
うに全感覚をフリーにして過ごしていたい。そうすれば、毎日旅して生きていくみた 
いなものだもんね。どこでも同じように楽しめるってことなのかしら。そんなことを 
つらつら考えつつ、ビールを飲み、ひとりにこにこしている小さなアジア系スノーボ 
ーダー(年齢不詳)だった。たしかに客観的にみるとちょっとへんかなぁ。