チュニジア大縦断の旅 #3
チュニジアの人々、そして、オアシスへ!


▲アラブの友達
ガベスで出会った、先生た
ち。語学に堪能なエリート
といえます。
今日の予定は、大きなコロセウム、エルジェムをみた後、スファックスを経由し 
て、ガベスへと入る。移動距離としては、約140キロ。今日の宿泊は、ガベスの友 
の家である。ガベスに向かうため、またエルジェム駅に戻り電車で1時間ほどのス 
ファックス(ちょっと大きめの都市)まで行き、そこから、バスディーポを目指し 
て歩きはじめた。途中道が不確かになったので、近くを歩いている青年に、バスデ 
ィーポへの道を訪ねたら、その彼は、説明もしてくれたうえに、自分がつれていっ 
てあげる、と一緒に歩き出した。約10分くらいの道のりをとくに何を話すでもなく 
黙々と歩く青年に、私たちは、とても感動してしまった。逆の立場だったら、どう 
するかしら?どこの国の人かもわからない二人組について10分も、歩いていけるか 
しら?そのようなことを日本語で友と会話している間も彼はにこにこと私たちの話 
に目を向けながら、もくもくと少し先を歩いている。そして、バスディーポに着い 
たら、またにこにこと笑って私たちに目でうなずき、また来た道へと引き返してい 
った。彼にとっては全くの遠回りだったようだ。なんだろう、そういう心の余裕と 
いうのは。決して金銭的、物質的な余裕と比例するわけでもなく、当然のように見 
知らぬ人を遠回りしてでも目的地へ案内してくれる心。うううむ。見習わなければ 
.....。感動と、感慨を私に残し着いたバスディーポには、いろいろな方面行きの 
大型バスも停まっていた。その横の方に、今回私たちが乗る予定のルアージュの案 
内所もあった。ルアージュ。それは乗り合いのタクシーのことで、ジェットコース 
ター並のスピードで走る、とてもリーズナブルな料金の移動手段だ、と聞いた。好 
奇心のかたまりの私は、その計画を聞いたときにすぐにうんうん!と話に乗ったわ 
けなのだが。チュニジアに入国してまだ2日半ではあるが、それにしては結構いろ 
いろな乗り物にのった。タクシー、電車、中距離列車、市電。そして、ルアージ 
ュ。このなんど思いだしても恐ろしい乗り物、友の説明によると、仲間内では走る 
棺桶とも呼ばれているらしい。この車の中で、この後私はとっても苦しく、そして 
怖い思いをしてしまった。
言葉がさっぱりわからないまま、気がついたら、友が全ての交渉をすませ、私たち 
は、予定通りルアージュでガベスに行くことになった。一緒の方向に乗る人が集ま 
ればすぐに出発するらしい。...ということは、集まるまでずっと待機していると 
いうことだ。私たち二人の他に、きれいな色のカフタンの様な服を着たアラブ系の 
ご夫婦がすでにしばらく待機している様子。運転手もいれて6人乗りなので、あと 
一人。O型の私が運転手だったら、きっと、もういいか出発しよう、と言ってしま 
うに違いない。何もすることもない場所で、ひたすらあてもなく気長に人を待つ 
...。でも私たちはラッキーだったらしい。まもなく一人、アラブ系の青年が同乗 
することになり、出発決定。そのアラブ人の青年が助手席、そして、ご夫婦が真ん 
中、そして私たちふたりは後部座席についた。車は、ロングワゴン。車内は、色鮮 
やかな飾り物がたくさんつけられていて、ちょっと暴走族の派手な車、といった雰 
囲気だった。おしゃべり好きなご夫婦と、寡黙な青年と、異国の私たちを乗せて、 
車は快調にスファックスの街を抜けていく。チュニジアの北から南下している私た 
ちは、地中海沿岸の緑濃い、花が咲き誇る街の風景から、移動するにつれ、だんだ 
んと色が抜けていくのがわかる。サハラ砂漠が近くなっているのだ。アラブ人の青 
年は、街を抜け、広々とした大地に入ったあたりで、降りていった。降りた場所の 
周りを車の中からみてみたが、いったいどこに向かうのだろう?というくらいだだ 
広い広野に、なんらかを目印に青年はひたすら歩き離れていった。すでに土煙る道 
はうっすらとしか判別しないほど周りの色となじんでいる。とにかく運転手は、何 
か深い理由でもあってブレーキを使わないのか、または、同乗者の誰かが非常に急 
いでいるのか、それともこれが普通なのかわからないが、とにかく運転が荒っぽ 
く、そしてうたい文句通り、ものすごいスピードを出す。前方に車が見えると必ず 
追い越し、そして、対向車とすれ違うときも減速しない。始めは風景を楽しんでい 
た私も、だんだんのこの車の走り方に身体の奥の方で、なにかがざわざわとうごめ 
きだす気配を感じてきた。なんとか気をまぎらそうと窓から外を眺めていても気持 
ちが悪くなるし、もう心配で心配で、ゆったり席に身をしずめていることもできな 
いし、とにかく身を乗り出して前方の道を見ないではいられないのだ。窓もきちん 
と開かないし、前の座席をつかむ手は力のいれすぎでこわばるし、そんなにスピー 
ドを出すのなら、もっと早く出発すればいいじゃない!と頭の中で文句をいろいろ 
並べ立てながら、なんとか気持ちを保っていたが、あまりの運転に、そのうち前を 
見ているのもつらくなり、頭の中がくらくらしてきて、私はほとんど失神したかの 
ように倒れ込んでしまった。ガベスまでの道のりの半分もきていなかっただろう。 
あと、約3時間。今思えば時差ボケもあっただろうし、日本を出発して4日目の旅 
の疲れもでたのだと思うが、もうどうにでもなれ、という感覚だった。なんとか眠 
りについて目が覚めたら、きっと居心地の良い場所にいて、あー全て夢だったん 
だ、と思いたかった。深い眠りにも入れないまま、身体を丸めている私に友は、背 
中をなでてくれたり、扇いでくれたり、話しかけてくれたり、いろいろと手を尽く 
してくれた。たまに目をあけると、前の席のご夫婦が、頭を寄せ合い、運転手にい 
ろいろと話しかけている。外の景色はさらに変わっていて、茶色い大地に一面にオ 
リーブの木が植えられている。(オリーブなんてきらい)と心の中でこの景色にす 
ら毒づいて、ふたたび目を閉じる。苦悶の2時間がすぎたころ、私の中にもう一つ 
の原始的な欲求が生じてきた。トイレにいきたくなってしまったのだ。この欲求と 
いうものはとっても不思議で、いったんトイレにいきたいと思うと、身体の中の全 
ての水分が反応しているかのように、本当に緊迫した状態にすぐになってしまうこ 
とがある。このときはまさしくその状態で、私の身体の中で、車酔い対時差ボケ対 
トイレいきたいの3チームの戦いが行われているようだった。結果は明らかで、私 
は、10年くらい前に、スキーバスで長時間トイレをがまんをして苦しんだことまで 
思いだしてしまい、気持ち悪さと相まって、かなり切迫した状態になってしまっ 
た。友におそるおそる途中でトイレとかの休憩があるのかを聞き、友も運転手にい 
ろいろと掛け合ってくれた。たぶんコースに入っていたのであろう、いわゆるドラ 
イブインみたいなところに着いたときには、もう顔面蒼白。今でも思いだすと冷や 
汗がでるほどの体験だった。ぎりぎりのところで、とにかく無事だったのが幸い 
だ。
さて、最終目的地ガベスの街はこじんまりときれいだった。全体的に高い建物が少 
ないので、空も広くみえる。立派な建物だなと思うと、ホテルだったり。なんとな 
く昔の日本の地方都市みたいな感じが漂う。友によると、私が倒れ込んでいる間に 
美しい夕焼けが空に広がったらしい。ガベスについたときはすでに夕方と夜が混ざ 
り合った微妙な時間になっていた。友の家は、門が、きれいなチュニジアンブルー 
に塗られた立派な一軒家だった。海外赴任の一人暮らしの家、というには、とても 
広い。やはり欧米スタイルなのか、日本の玄関の「たたき」はなく、靴のまま入れ 
るような作りだ。まんなかにまっすぐ廊下があり、左側に、バスルーム、トイレ、 
部屋、右側に、バルコニー(中庭)への入り口、中庭、キッチンと並び、正面に二 
部屋。日本でいうと、3LDKに中庭付き、といったところ。面白いのは、部屋の 
廊下側に窓がつけられている(家の中の窓ですね)ところだ。もちろん窓枠はきれ 
いなチュニジアンブルー。初めて入る普通の家なので、いろいろ観察してしまっ 
た。キッチンには、古い小さな湯沸かし器と、昔おばあちゃんの家にあったような 
木の引き戸の大きな戸棚があったりして、なんか懐かしい気持ちにもなった。
先程の車の中の苦しみはどこにいったのやら、一休みしてまたも街を散策すること 
に決めた。

▲ シーシャをつくる途中
シーシャの準備。時間をか
けてすごーく特別な一服に
なるのですね。










▲シーシャだ
これがシーシャの正しい吸
い方らしい。ちなみにモデ
ルはハビッドさん。
たまたまその日の夜は、友の友人たちがホームパーティをしているというので出か 
けてみた。誰もいない夜の道を友と歩く。"一応"舗装してある道と、じゃりを固め 
たような道と、土の道がまざる。区画整理されたような気配もなく、どこかやはり 
田舎の道を歩いているときの記憶がよみがえる。電柱も木で出来ているし街灯の明 
るさもなんとなく懐かしい。昔の日本にタイプトリップした感じだ。
今日のホームパーティの主催、2階建てのアパートに住む家の主人は、リヤドさんと 
いう男性だ。とてもきれいな日本語を話すアラブ人だ。招かれている彼の友達たち 
は、ほとんどが学校の先生で、それも、担当は、英語、数学、音楽とバラエティも 
豊かだ。もちろん全て男性たちばかりだったので、私のような小さな異国人もとて 
も可愛がってくれた。英語を話せる人もいたおかげで、英語、フランス語、日本語 
が入り交じって、久しぶりに私もいろいろとお話できた夜だった。イスラム教なの 
で、普通はホームパーティに女性を呼ぶこともできないのだが、外国人(イスラム 
教ではない人)は特別らしい。リヤドさんは、現在婚約中であるのに、婚約者と二 
人で出歩くこともできないといっていた。独身の間は、男性は男性でパーティを 
し、女性は女性でパーティをするらしい。若い世代は、厳しくイスラムの教えを守 
っているわけでもないようだが、そういった男女の関係は世間の目というのもある 
だろうから、守らないといけないようだ。ということで今日のパーティは男性主 
役。料理もシンプルな男の手料理だ。まずは、チュニジアに来て、レストランでも 
最初にでてくるハリッサというとても辛い唐辛子ペーストのようなもの、それをバ 
ゲットにつけて食べる。それから、エビをトマトとからしで炒めたもの。そしてク 
スクス。そういうものをつまみにビールやワインを飲むのだ。そして、チュニジア 
名産のひとつザクロのつぶつぶに、花のゼラニウムからつくられたゼラニウム水を 
かけて食べる、ちょっとしたデザート。ザクロのすっぱさとゼラニウム水の甘さが 
ほどよくまざってとてもさっぱりとお いしい。料理の名前こそ全て忘れてしまった 
が、どれも地元ならではの食材を活かしシンプルながらとても気持ちのこもったも 
のだった。そして、ここで、私は、初めてシーシャ体験をした! シーシャはいわ 
ゆる水煙草のことで、コーヒーのサイフォンみたいに、煙草を水でろ過した後に吸 
うというもので、身体にはいいらしい(ほんとかな)。確かに、吸ってみると、煙 
草の香というより、なんかイメージとしては「秘密の小箱をあけたときにでる秘密 
の煙を口にいれる」みたい。普段煙草を吸わない私も好奇心が勝り、何回かトライ 
してみた。でもいろいろ儀式めいた(と勝手に感じた)準備が必要なのと、管が長 
いので一息吸うのも肺活量が必要だし、吸っている途中で可笑しくなってしまった 
り、誰かがいつも注視している中で煙草を吸うという状況になるので、これだった 
らヘビースモーカーにもならないだろうな、とつい思ってしまった。もちろん持ち 
歩けないしね。シーシャを吸っているときは、なぜか頭の中には、昔話のアラビア 
ンナイトでかかるような音楽が流れ、思わずベリーダンスを踊ってしまいたくなる 
ようだった。(結構たばこにやられてるってことかしら?)とにかく、人々も食事 
も小道具も全て限りなく異国情緒あふれる夜だった。
 
チュニジアの人々の性格は、日本人にとてもよく似ているという。隣が、アルジェ 
リア、そしてリビアに挟まれているせいか、はたまた侵略された歴史のせいか、常 
に攻撃的な国のそばにいるせいか、人々も、わりと内向的で、あまり思ったことを 
すぐには口にしないし、かつ、あまり怒ったりもしない穏やかな性格の人が多いら 
しい。地中海沿岸から南下するにつれ、顔色も白く、そして髪の毛も黒っぽい人が 
増えてきたので、パリとかロンドンにいるときとは違い、見た目的にもあまり違和 
感を感じなかった。この夜に集まっていた人々も皆とてもいい人ばかりだし、とて 
も初めて会ったとは思えないくらい、私も心を開くことができた。次の日にわざわ 
ざ車を出して、ガベスを中心に、まわりの街も含め私をいろいろなところに案内し 
ようという話も決まり、私もとても恐縮しながらもありがたくお受けした。
さて、翌日。真っ青な空が広がる。早起きした私は、友のいれてくれるコーヒーを 
待ちながら、庭へのドアを通り抜けてみる。中庭には、ノラネコがいた。友がたま 
にごはんをあげているせいか、住み着いているようだ。そういえば、チュニジアに 
はノラネコがとても多い。犬はめったにみかけなかったけど、ネコはいろいろなと 
ころでみかけた。個人的には完ぺきな犬派であるが、旅先で出会う動物たちには本 
当に心がなごむ。本当にどこでもみかけるようなブチのネコだったりするのが、な 
んか不思議だ。こんなに遠く離れている国でも同じ(ように見える)種類のネコた 
ちがそれぞれに生きていて、きっと、それぞれに違う言語が堪能で、でも本能で通 
じ合うところがあったりするのだろうな。ひとつ大きく違うのは、チュニジアのネ 
コたちは、一様に痩せていたことぐらい。


▲Matmata/TENT
テントの中でミントティー
をごちそうになった。ちょ
っとした社交場となってい
るらしい。





▲Berber
ベルベル人の素敵なおばあ
さま。この翌年亡くなって
しまわれました。合掌。





▲HOTEL/matmata
ホテルの入り口。ここから
下に下がっていくと、ロビ
ーがあります。




▲matmata
マトマタの有名ホテル!
地底に広がる不思議な空間
です。




▲Shopping
男性たちを従え、市場で買
い物!アラブ人の女性はこ
ういうこともできないので
す .....。




▲カメレオン
カメレオンと初対面!なぜ
か私の髪の毛も立っている
!?

この日は、昨日の主催者、リヤドさんと、私にシーシャ体験をさせてくれたハビッ 
ドさんが、私たち二人を連れ出してくれる。今日のコースは、市場で地元の人々の 
買い物環境を物色、そして、スターウォーズのロケにも使われた砂漠の街、マトマ 
タ、そして最後に、ガベスのオアシスという豪華なものだ。まずは、市場。大きな 
テントの 下に、いろいろなものを売る店が連なる。きれいな色の布、肌着や靴下、 
いろいろな 形の豆、野菜、コーヒー、籐のかご、食器、石鹸....。特に食器は、手 
描きのイスラ ム模様がきれいな色で表現されていて、もちろん形も有り型に描いた 
ものだけど、と ても素朴で可愛いものだ。値段としてはひとつ50円くらいだった。 
男の人たち3人も 従えて、私の物欲は充分満たされた。
その後、車で約一時間程移動し、マトマタへ。マトマタは、ベルベル人が地下に住 
んでいることで知られている街だ。スターウォーズのロケだけでなくさまざまな映 
画の撮影隊が来ているらしい。荒涼とした砂漠の地によーくみると穴があいてい 
て、その下に人々が生活しているのだ。道のような道でないような道路をすすみ、 
マトマタエリアに入る。リヤドさんが遠くの小高い山並みをさして、ほらあそこに 
家があります。と教えてくれたのだが、どこもかしこも同じ乾いた土色にしか見え 
ない私には、家が見つけられない。だんだんと近くなってきて、初めて、わかっ 
た。日本の歴史の教科書で見たような、竪穴式住居の入り口みたいな穴(ほんとに 
入り口)が山の側面にぽこぽこと開いていた。気がつきはじめると、意外に周りに 
たくさん穴があいていた。それだけの人々が住んでいるのだ。おそらく街の中心地 
(ぱっとみは何もないが)らしきあたりに大きなテントが張られていて、中にはき 
れいな色のキリムが敷かれている。リヤドさんたちの案内でテントの中に入ると、 
50代くらいの男性が、イスに座っていた。彼は、ベルベル人の中でも最高齢のお 
ばあさまの息子さんで、こうしてテントで過ごしながら、たまにやってくる観光の 
方々とお話しているらしい。私たちもミントティをすすめられ、ひととき一緒にお 
話をきき、その後、おばあさまが 住むベルベル人の家に案内してもらうことになっ 
た。おばあさまは、瞳の色が透き通ったような緑色で、そしてとても小さくかわい 
らしい方だった。リヤドさんも、ハビッドさんも彼女の話す言葉は理解できないら 
しく、会話は全て、息子さんの通訳で行われた。おばあさまはいったいおいくつな 
のかわからなかったが、赤、ピンク、オレンジなどの明るい民族衣装が白い肌にと 
ても映えていて、美しい人だった。彼女の住む家は、入り口こそ大地にあるが、そ 
のまま斜め下の地中に掘られた場所に、いろいろな部屋が分かれていた。たぶん、 
そのほうが暑さをしのげるのだろう、外は砂漠気候の暑さなのに、家の中はさわや 
かな気温だった。その後、その穴居住宅がそのままホテルとなり、観光地になって 
いる場所を見た。入り口から階段をおり、地下にいわゆるホテルのフロント、ロビ 
ー、そして各部屋に通じる道がある。思いきり異国人の私のことを説明し、部屋の 
内部も見せてもらった。部屋の中は地中とはいえ、カーペットや、ろうそくなどで 
きれいに居心地よさそうに飾られていた。このホテルのあるあたりが、ロケに使わ 
れた場所だ。ベルベル人というと、たぶん知っているとしたら、星の王子様を書い 
た、サンテグジュベリが、モロッコで不時着したときに、襲いかかったのがベルベ 
ル人だと言われ、その印象から攻撃的な民族と思われているようだが、実際は、と 
ても控えめで、アラブ人の侵略から逃げて逃げて、最終的に地中に潜ってしまった 
らしい。地中に住む民族だ。チュニジアには、それほど多くは住んでいないようだ 
が、ここマトアタは、ベルベル人が住む場所として、今や観光地として注目をあび 
ているのだ。観光地といっても大勢の人がいるわけでもないし、私たちは結局だれ 
にも出会わなかったけれど、ひとつだけ観光地ぽかったのは、マトマタを見下ろす 
小高い丘の中腹に、WELCOME TO MATOMATAという意味のフランス語文字が建ってい 
た。そうハリウッドの丘にある文字と同じのりだ。その文字のある山まで連れてい 
ってもらったが、文字はひとつひとつが私の腰あたりまである、石でできていた。
さて、チュニジアのハリウッド(かなり無理があるが)、マトマタを去って、ほん 
もののオアシスを見に向かった。よく、心のオアシスとか、オアシスを求めて、と 
か、もちろんこのサイトもオアシスマグというように、割と使う言葉として「オア 
シス」は認識していたが、実際にその存在に出会うのは初めてだった。オアシスと 
は、砂漠または土漠の中にある、そこだけ水が流れ、緑があふれ、生命感に満ちた 
場所である。実はこのガベスには、かなり大きなオアシスがあるということで、知 
られてもいる。それまでの私のオアシスのイメージとしては、砂漠の中に小山があ 
ってそこだけ緑(たいていヤシの木)が生えている、というなんとなくほんわかし 
たものだったが、実際のオアシスは、まったく違っていた。とても男性的ともいえ 
る地形の中に存在していた。ここがオアシスの場所だよ、と言われ車を降りたが、 
周りには何も見えない。土漠の中にちらほらと木が生えているのみだ。どんどん歩 
き進むリヤドさん、ハビッドさんの後についていくと、いきなり地面が陥没し、私 
達の立っている地面の下の地層がむき出しになって、どんどん下へ通じている。そ 
の大地の、いわゆる奈落の底、一面は深々と緑の木々で埋まっていたのだ。そこが 
オアシスだった。私の周りの乾燥した景色とは大違い、のぞき込むオアシスは、空 
気もみずみずしそうだし、生命の息吹を感じる。どのくらい下にあるのか、多分1 
0階建てのビルが埋まるくらいの深さだろうか? まるで、地底からオーラの光が 
放たれているようだ。
友の話しによると、だんだんと水の量が少なくなってきていて、オアシスの規模も 
少しずつ小さくなっているようだ。もともとは同じ高さの大地に存在していたのか 
もしれないが、水量の変化により、長い年月をかけて侵食され、少しずつオアシス 
部分が下へ下へと下がっていったのだ。これからまた長い年月を経て、もしかした 
らいつのまにか消滅してしまうかもしれないオアシス....。そうしたら人々の生活 
はどうなってしまうのだろうか? 
考えにふけっている私の肩を誰かがトントンとたたいた。振り返ると、目の前にカ 
メレオンを手にのっけた地元の少年がいた。カメレオン! もちろん、カメレオン 
を生で見るのは初めてだし、そして手にのっけるのも初めてだ。私の手に移ったカ 
メレオンはとても軽く、でも手足の指に力が入っていて、しっかりと私の手につか 
まっていた。少年はカメレオンを売ろうとよってきたのだが、彼の瞳がきらきらし 
ていて、なぜか、私には、今みたオアシスの力強さと、少年の瞳が重なってみえ 
た。オアシスから始まる世界をそのままひっくり返すと、少年の瞳になるような気 
がした。でもよく考えてみると、今まで出会ったチュニジアの人々は皆キラキラと 
輝く瞳を持っているのだった。友の仲間達だけではなく、街で出会う人、カフェの 
おじさん、市場でものを売る人、皆、まっすぐで力強いまなざしでほほ笑みかけて 
くれる。そういうまなざしに囲まれているうちに、私自身も少しずつ変化し、心の 
中にオアシスの力強さと、キラキラと光る愛情あふれる瞳をもてるようになるかも 
しれない........(?!)。